ドレスのフジタ開業物語
創業者のメッセージ
昭和30年代初め、山口県小野田市でダンス教師の資格をとった青年は「ダンスがもっと上手くなりたい!」と東京への上京を決意。
昭和33年、助川ダンス教室の教師募集に応募し、現金7000円(1ヶ月分の給料)を手に上京。教師として働きながら、日競連東部総局主催の競技会にも参加。

しかしここで、青年は大きな疑問を抱く。
「どうして本番では、練習のように上手く踊れないんだろう?」

練習と競技会での違いを考えてみると、それは練習着と競技用のドレスの違いではないかと思い当たった。
開業物語
 
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そこで青年は、競技用のドレスを全て自分でほどいてみて、それを縫い直すという無謀な行動に出た。

試行錯誤で何度かそれを繰り返すうちに、いつの間にか最初よりもずっと踊りやすいドレスが仕上がっていた。

昭和38年、青年は自分の縫ったドレスをパートナーに着せて、競技会に出場。このときの踊りを見た当時の上司、(現在JCF日本プロフェッショナルダンス競技連盟・相談役、JATD日本舞踏教師教会・常任相談役の)金子薫先生は青年に一言、
「おまえ、ダンスの教師よりドレス屋になった方がいいぞ。」

その後しばらくは、教師を続けながら、 競技会の仲間のためにドレスを縫っていた青年。

この当時は、月給1万円で貯金も全くなかったので、オーダーを受けたときに内金をもらい、そのお金で浅草に生地を買いに行ってはドレスを縫っていた。

そしてある日、青年に転機が訪れる。

「踊りやすいドレス」という口コミの評判を聞きつけて注文に来てくれた当時Aクラスの大橋昌子先生(現在、JATD日本舞踏教師教会・参与)が仕上がったドレスを着て、青年に一言、「あなた、一流になれるわよ」

その後、評判は一気に広まり、もう教師をしている時間がないほど、注文に追われるようになった。

ダンスが上手くなりたい一心で上京し、競技会でもっと上手く踊るためにと我流でドレスを縫い始めた青年は、いつしか、ダンスよりもドレスを追求することが自分の天職だと気付くのであった。

コツコツと開業資金を貯め 昭和48年5月、新宿区市谷に「ドレスのフジタ」を株式会社として正式に開業。

それから30年、 初めてドレスを縫ってからは42年、青年の「踊りやすいドレス」という基本理念は今も変わらず、フジタのドレスに生き続けている。
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