昭和30年代初め、山口県小野田市でダンス教師の資格をとった青年は「ダンスがもっと上手くなりたい!」と東京への上京を決意。
昭和33年、助川ダンス教室の教師募集に応募し、現金7000円(1ヶ月分の給料)を手に上京。教師として働きながら、日競連東部総局主催の競技会にも参加。
しかしここで、青年は大きな疑問を抱く。
「どうして本番では、練習のように上手く踊れないんだろう?」
練習と競技会での違いを考えてみると、それは練習着と競技用のドレスの違いではないかと思い当たった。